刹那の風、永遠なる花。
                              氷高颯矢

 クレツェントの双子姫といえば、誰もが一度は憧れる美しい姉妹だ。
 その評判は、他国にも響いていた。
 近々、その生誕パーティーが開かれるというので、
 近隣国ではこぞって贈り物をしようと、色めきたっていた。
 街はその話で持ちきりになり、邸にこもって謹慎中の
 レウリィス=クランの耳にも届いた。
「レウリィス様は、憧れないのですか?」
 騎士の地位を剥奪されてから、こいつ…キャラウェイくらいしか、
 使用人はこの邸には残らなかった。
「まぁ…今なら憧れなくもない、かな…?」
 気のない返事をする。騎士でない今の自分には、全く縁のない話だ。
「次はそういう方に仕えてくださいよ〜!
僕だっていつまで若様のお世話が出来るのか、わからないですからね!」
「だから、俺の事はイイって言ってるだろ?お前も実家に帰れ、なっ?」
 このお節介な小僧は、大好きだった祖母の遺言に従って、
 俺から離れようとしない。
「僕、今でも夢に見るですよ…御前試合での若様の剣技…。
我が国でも一、二を争う強さでした…。騎士としての誉れ高い貴方が…何故、
その地位を剥奪されたのか。僕には納得できないですよ!」
「まぁ、いいじゃないか。もともと堅苦しい"騎士様"なんて…
俺には、似合わなかっただけなんだよ…」
 レウリィスは笑う。そんな時、瞳が哀しそうに見える事に本人は気付いてない。
 だが、長年仕えているキャラウェイには、それが見てとれた。
「俺さ…旅に出ようかと思うんだけど…」
「旅行ですか?」
「いや、そうじゃなくて…」
 この国にいても、辛いだけだった。
 騎士の地位を剥奪されたことは、すでに世間にも知れている。
 なまじ、誉れが高かっただけに、世間の目は冷たかった。
「ここにいても、俺には居場所がない。だから、俺が生きる場所を探したいんだ…。
それが、どこなのか、何なのかわからないけど…動き出さないと、何も変わらないし、
何も生まれないと思う。だから…」
 言葉が出てこなかった。本当は、随分前から考えていた事だった。
 レウリィスには、この使用人がどれだけの期待を自分に持っているかを知っていた。
 多くの使用人達が愛想を尽かせて去っていく中で、
 最後まで自分についてきてくれた事が嬉しかった。
 だから、なかなか言い出せなかった。
「わかりました…実家に帰ります。若様の、レウリィス様の道です。
僕がどうこう言うことじゃありません。その代わり、手紙を下さい」
 キャラウェイは真っ直ぐにレウリィスを見た。
「貴方に帰る場所があることを覚えていてほしいのです…
僕は、いつまでも貴方の味方ですから。だから、待ってます。
貴方に、再びお仕えできる日を…」
「そんな日、来ねーよ…それに、お前を呼び寄せるかなんて、わかんねぇーだろ?」
「また、そんな憎まれ口を叩く…」
「うるさいなぁ…まぁ、手紙くらいなら、書いてやっても良いぜ…」
 レウリィスは照れたとき、必ず憎まれ口を叩く。キャラウェイは安心して、微笑んだ。

 レウリィス=クランは、キャラウェイの言葉に影響された訳ではなかったが、
 自然とその足は、クレツェントに向かっていた。
 クレツェントは活気にあふれ、お祭り騒ぎになっていた。
「すごいね、こりゃ…」
「兄さん、ここらじゃ見かけん顔立ちだね。どうだい?この国は?」
「いや、ウワサ以上に美しい…。良い国だ」
 ここでは、自分のことを誰も知らない。しばらく居るのも悪くない。
「明後日は、国をあげてのお祝いをするんだ。王女の生誕を祝うんだよ」
 王家が国民に愛されているのは、平和な証拠だ。
「じゃあ、しばらく、ここに滞在しようかな?宿はありますか?」
「うちは、宿屋だ。うちに泊まりなさいな。安くしとくよ!」
 どうやら、勧誘をされたらしい…。

 お祭り騒ぎは、何も街だけに限った事ではなかった。
 王宮でも、お祝いムード一色に染まっていた。
「姫、ドレスが出来あがりましたので、ご試着を…」
「髪飾りはどれにいたしましょうか?」
 さっきから、女官が出たり入ったりと慌ただしい。
「…もう!一度に言わないで下さい!順番に、お願いします」
 ライラは、あまりの忙しさに疲れ果てていた。
 自分達の誕生日を祝ってくれるのは、嬉しい。
 だが、それには様々な準備を伴う。
 毎日のように届く贈り物の礼状書き、ドレスを新調するに当たっての打ち合わせ、
 仮縫い、試着、普段の勉強に加えて、挨拶の練習など。
「外に行きたいよ〜」
 不満は募るが、それも今日までの辛抱だ。
「リディアのところに行こう!」
 ライラは、妹姫のところに行こうと思った。あそこなら、落ち着ける。
 ライラが部屋の扉に手をかけた時、中の会話が聞こえてきた。
「これを、私に?」
「はい…以前、姫が見たいと言っていた花です。
このような、道に咲いている花を姫に差し上げるのはどうか…
と、思っていたのですが、よろしかったでしょうか?」
 この声は、護衛騎士のカイザーだ。
「うれしい…ありがとう、カイザー!」
 妹のこんな明るい、嬉しそうな声を聞くのは久しぶりだ。
「喜んでいただけて良かった…姫のそんな笑顔が見られるのでしたら、
花を贈るのも悪くありませんね…。
このところ、ライラ様と会えないで寂しそうにしていらしたので…」
「…私、そんなに寂しそうな顔してた?」
「ええ。時々、窓から外を覗かれていたでしょう?」
「見られてたんだ…」
 ライラは、扉の前で立ち尽くしてしまった。
 入る機会を逃した…と、いうよりも、入り込めない空気を感じたのだ。
(リディア、嬉しそうにしてる…カイザーも、リディアにはこんなに優しいんだ…)
 帰ろう、ライラはそう思った。
 そんなライラに、部屋の中の二人は全く気がついていなかった。
「この花、名前は何て言うの?」
「確か、ストックという名前で、道沿いに咲くので"導きの花"と
旅人には呼ばれているようです。花言葉は…"永遠の美しさ"と言うそうです…」
 カイザーは、口にしながら真っ赤になっていく。
 照れくさくて仕方がないようだ。それを見て、リディアはクスリと笑った。
「わざわざ調べてくれたのでしょう?ありがとう…」
「いえ…自分でも気になったので…」
 仮にも、姫に贈るものが悪い意味を持つ花ではいけないと考えた。
 しかし、この花の持つ花言葉は、リディアの美しさを称えるかのようで、
 カイザーは贈るにふさわしい花だと思った。
 だから、道に咲くこの花を贈る事を決めたのだった。
「イイ香り…」
 リディアはとても幸せな気分になった。
 贈り物をもらうのは慣れている、だが、相手がカイザーというのは初めてだ。
 カイザーが自分の為だけに、この花を摘みに行ったのだと考えると、胸が熱くなった。
 前に、カイザーに外の世界の話をしてもらった時に、
 野に咲く花の美しさを教えてもらった。
 リディアは、それを実際に見たいと言った。
 その時に、カイザーは少し困った顔をして、
『姫を外に連れ出したとあっては、私はダリウス殿に叱られてしまいます…』
 と、そう言っていた。その事を覚えていてくれた事が嬉しい。
 寂しいという、自分の気持ちに気付いてくれた事が嬉しい。
 何より、そんな自分に会いに来てくれた事が嬉しかった。
 一方、ライラは何故か寂しくなった。リディアが遠く感じられたからだった。
(明日…私の誕生日だって知ったら、カイザーはどんな顔するだろう…?
私の為に、何かしてくれるだろうか…?)
 双子とはいえ、"日の変わりの境界時"を挟んで生まれた二人は誕生日が違う。
 しかし、一般には妹のリディアに合わせて"月の日"に
 生誕パーティーが開かれるのが常で、
 本当のライラの誕生日を祝ってくれるのは身内とダリウスくらいである。
 ライラはその事を、哀しいと思ったことは、今までになかった。
 それなのに、何故か今日は哀しく感じられる。
 二人は同じ存在と思ってきた事が、崩されてしまったからなのか?

 次の日、ライラはこっそりと城を抜け出すことにした。
 自分の存在を自由に過ごすことによって、自分で祝おうと思ったのだ。
「服は、これ…。地味だよ、ね…?」
 ライラは自分の持っている服の中で、最も飾り気のない若草色のドレスを着た。
 今日の持ち物は木で編んだかごに、ビスケットとアメを少々、水筒に入れた紅茶。
「さぁ、出かけましょう!」
 昨夜のうちから用意してあった紐をベッドの柱に結び、バルコニーから垂らす。
 それを伝ってスルスルと降りる。誰にも見られてないはずだ。
 ここからは慎重に、庭を突っ切る格好で城壁に。実は、狭い抜け穴があるのだ。
 あまりにも狭く、女、子供にしか通れないほどの穴なので、
 ほったらかしになっているのだ。ライラは身をかがめて、穴を通った。
「よ〜しっ、脱出成功〜!」
 その頃、女官によって、脱出に使われ現場に残されたロープを発見され、
 カイザーの耳に"ライラ脱走"の知らせが届いた。
 カイザーは急いで追いかけたが、ライラは既に街まで達していた。

 街は人に溢れていた。出店なども出ていて、さながら祭りのような賑わいだ。
「そこのお嬢さん、焼き菓子はいかが?とっても美味しいよ」
 人の好さそうな中年の婦人に声をかけられる。
「ありがとう…でも、お金を持ってきてないの」
「あら、そんなのいいわよ。
これは、私達の敬愛する双子姫の生誕を祝う為に作ったの。
クレツェントの民が、その喜びを分かち合うために作ったものを、
売り物にするなんてできないわ。貴方も共に喜び、お祝いをしましょう!」
 その婦人は、ライラに焼き菓子を手渡した。
 夢にも、目の前にいるライラがその双子姫だとは思わないだろう。
「ありがとう…!」
 ライラは嬉しくて、泣きそうになるのを堪えて笑った。
 自分たちを知らない者までが、その生誕を祝ってくれている。愛されている。
 ライラが先に進もうとした時、急に、腕を掴まれて通りの脇に連れて行かれた。
 それは、護衛騎士のカイザーであった。
「こんな所にいらっしゃったのですか?お探ししましたよ、ひ…」
 "姫"と言おうとするが、ライラに指で"しっ!"と黙るように言われたので、口をつぐむ。
 確かに、こんな所で正体がばれては大騒動になる。
「カイザー、ここで騒ぎを起こすのは良くないでしょう?
私はもう少し街を見て回りたいの…。さっき、街の人と話をしたわ。
私達の誕生日を祝ってくれていたわ。いずれ、私は王位を継ぐ事になる…
だから、見ておきたいの。私が守ろうとする国が、民がどのようなものであるか…」
「それはご立派な意見ですが…お一人で出歩かれるのは危険です!」
「だから、カイザーがいるじゃない?」
「はっ?」
「今はカイザーがいるから一人じゃないわ。
カイザーは私を守ってくれる…そうでしょ?」
 にっこりと、反論を許さないような笑顔で言う。
「…はい、承知しました…」
 その返事にライラは満足した。
「カイザーは…今、お金持ってる?」
「はぁ…少しなら…」
「じゃあ、あれがしたいの!」
 ライラが指差した先には、くじびきの出店があった。
 どうやら、紐を引いた先に品物がついているらしい。
 カイザーは店の主にお金を払った。
「一回につき、一本だけ引くんだよ?」
「こういうの、やった事ないからなぁ…当たれ!」
 ライラが引いた紐の先には、小さな袋がついていた。
「これは香り袋だよ。中にポプリが入ってるんだ。お嬢さんには、まずまずの品物だよ」
 ライラは、袋を開けて、中を見た。
 小さな陶器の入れ物に乾燥した花びらが詰められていて、良い匂いがする。
「見て、カイザー!可愛い!」
「それは良かった…」
「う〜ん、兄ちゃん堅いよ!表情もだが、せっかくのお祭りだ!
可愛い彼女とのデートなら、もっと楽しまなきゃイカンよ!」
 店主はカイザーの肩をポンポンと叩いた。
「ふふ…違うのにね?」
 そう言って、ライラは笑った。
「ねぇ…今日が、私の誕生日だって知ってた?」
「えっ?」
 瞬間、ライラの瞳が曇った。
「私、今日の夜…"日の変わりの境界時"より、少し前に生まれたの…」
 カイザーは混乱した。何故、ライラがこんな話をするのかわからなかった。
 ライラは、カイザーの戸惑いを察して、わざと笑顔を作って、明るい声で言った。
「だから、私にプレゼントをちょうだい?」
「プレゼント…ですか?」
「そう!いいでしょ?」
 さっきの暗い表情は自分の思い違いだったのだ…と、カイザーは納得して、
 その願いを受け入れた。
「あまり…高価なものは無理ですよ…」
「大丈夫よ。あそこ…あのお店が見たいわ!」
 そこはアクセサリーが売ってあった。
「可愛い〜♪」
 ライラは嬉しそうに品物を眺めている。
 ビーズや天然石のあしらわれた指輪や、首飾り、
 ピアスにイヤリング、ブレスにサークレット、髪飾りなど、
 どれも普段は身につけることのないような質の低い物だったが、
 磨かれた宝石にはない、素朴な輝きがあった。
「これとこれ、どっちが似合うかな?」
 ライラは、紫水晶と黒曜石のはめ込まれた銀の髪飾りと、
 翡石と黄玉石のはめ込まれた銀の髪飾りを見せる。
「ひ…えーと…貴方には、こちらの方がお似合いですよ。
貴方の金の髪に、緑は映えるでしょうし、紫や黒は美しいですが、
暗く沈んだ感じに見えなくもない…」
「そう?じゃあ、これにする!」
 ライラはカイザーの良いと言った髪飾りに決めたようだ。
 店主がそれを包んでくれている時、カイザーは違う髪飾りに目を留めた。
 それは、同じ銀細工のものだったが、青玉と真珠がはめ込まれている。
 ふと、それを見てカイザーはリディアの事が思い出された。
 華やかさはないが、上品で好ましい…。
「あの、こちらもお願いできますか?」
「それ…」
 ライラにはその意図がわかってしまった。
 二人を同じ存在とする為の行為…それを崩したのは、自分…。
「…もう、いいよ…。私、要らない…!」
 少しだけ、特別に扱って欲しかった。それなのに…。ライラは駆け出した。
(見られたくない!こんな私はイヤだ…!)
 突然の行動に、カイザーは一瞬、呆然とした。
 横殴りの衝撃を受けた様に、働かない機能が復旧するにはしばらくかかりそうだ。
「お待ち下さい!」
 ようやく出たセリフに行動は伴わない。
 ちょうど、支払いをしていたところだったので、すぐに飛び出せなかったのだ。
 肩口を強い力で掴まれ、後ろを向かされる。
「その役、俺に代われ?夕刻には城に送り届けてやる!」
 追いかけようとしたカイザーを制した男は、不敵な笑みを浮かべ、
 代わりに飛び出すようにライラの後を追いかけた。
「あの男…確か…」

 通りを一目散に走り抜けたライラが向かった先は、よく出かける小高い丘だった。
「どうしたんだろう…こんなの、私じゃない…」
「ハンカチをどうぞ、ライラ姫…」
 スッ…と、ハンカチが目の前に差し出された。
 顔を上げて振り返ると、見知らぬ男の人だった。
「涙…拭った方がいいよ?それとも、俺に拭って欲しい?」
 笑顔だが、明らかにそれは愉しんでいる表情だ。
「…失礼です!…ハンカチは、お借りしますけど…」
「そうそう、その調子!」
 揶揄するような物言いに、つい突っかかってしまう。
「それにしても、ウワサの姫が、こんな娘だとは思わなかったな…」
 そこで、ようやくライラは気が付いた。正体がばれている。
「あの…どうして私がライラだってわかったの?」
「あぁ、簡単だよ。まず、あの男が騎士だってのは、すぐにわかったし…
君が、仕えている主だって事も、彼の態度でわかった。
彼の身なりで王宮付きだとわかったし…となると、この国の双子姫のどちらか、
つまり身体の弱いリディア姫ではなく、君がライラ姫だと予想がつくんだ。
おわかりですか?姫君…」
「すごい…!貴方、頭が良いのね!」
 ライラは感心した。
「何て言うか…経験上わかることだったしね。それに…」
「…?」
「正直いうと、君があんまり可愛いから、ただのお嬢様には見えなかったんだよ。
ずっと、君が通りを歩いてるのを見てた。君がどんな娘なのか気になったんだ。
じゃないと、こんなに正体を突き止めるまで考えたりしなかったし、
ましてや、追いかけたりはしなかっただろうね…」
 甘い声にライラはドキッとする。
「…な〜んてな。実は、俺、失業中なんだ。だから、仕える主を探してたの。
騎士を連れてるなら、俺を雇ってくれないかな?って期待で、
売り込みかけてるんだけど…どうかな?」
「…はいっ?」
 ライラはがっくりした。
「雇ってくれって言われても…そもそも貴方は…」
「騎士だよ。理由あって、クビになったけどね…」
「とてもそうは見えませんけど…?」
 この男から受ける印象は騎士のイメージから程遠い。
「だから、クビになったのさ!」
「…変な人」
 ライラは声を出して笑った。
「元気でた?」
 にっこりと男は笑う。今度は優しい笑顔だ。
 肩の力が抜けたように、ライラの警戒心は解けていった。
「貴方、名前なんて言うの?」
「レウリィス=クラン。レウリィスで良いよ…ライラ姫」
「じゃあ、レウリィス…貴方は、自分がイヤになる事ってある?
時々、逃げ出したくなる時があるの…」
 何となく、彼なら自分の望む答えをくれるような気がした。
「…あるよ。自分の信じてきた事が正しいと思っていた、その自信が揺るいだ時かな?
そして、事実それが間違いだと感じた時、過去の自分がイヤになる。
誰でも、自分をイヤだと…そう思う時が来る。
それに気がつかない奴は、よっぽどの幸せ者か、馬鹿かのどっちかだ。
ライラ姫はそれに気がついた。それは、人として成長した証拠だ。
それを恥じる事はない、むしろ喜ばしい事だと思えば良い」
「そうかな…?」
「そうだよ…」
 レウリィスは更に続けた。
「俺の場合は、過去の自分に疑問を持った。そして、それが答えとして見えた時、
間違っていた事に気がついた。だから、騎士を辞めた」
 レウリィスは真剣な表情になった。
「俺は、国でも一、二を争う剣の使い手として、魔族討伐の指揮を任されていた。
皆は、俺を英雄扱いし、俺はその期待に添うように魔族を狩った。
魔族の返り血で汚れるのを隠すために、一番血の色の目立たない"黒"の服と鎧を
まとい、修羅のように戦うこの俺を、人々は"黒騎士"と呼んだ。
だが、狩れば狩るほど…俺は自分がイヤになった。
俺のやっている事は、魔族の側からすれば、人間が魔族にされている事と同じ、
殺戮だ。人間の住む場所を脅かす者が魔族なら、
それを狩る人間も魔族の住みかを脅かしてる。
魔族が自分たちの居場所を守るために人間を襲っているとしたら
…はたして魔族は"悪"なのか?」
 ライラは、胸に突き刺さる思いがした。
「ある時、その疑問は…現実の形として現れた。
俺の率いた一団は、親子の魔族を発見した。
手柄をあげようと逸る、俺の部下の一人がその子供を殺した。
それまでは、ただ逃げるだけの母親が、急に襲いかかった。
その時、俺の考えが、あながち間違っていなかった事を感じた…」
「それで、その母親の魔族はどうなったの?」
「…殺された。誰でも、自分の身は可愛い。俺が手を出さなくても、部下は勝手に動く。
後は簡単だ。その疑問をぶつけた所為で俺は騎士をクビになった。
でも…後悔はしていないよ?かえってスッキリした」
 もとの陽気な顔に戻った。暗い雰囲気が苦手なのだろう。
「そういう考え方もあるのね…」
「まぁ、一つの側からじゃ、一つの事しか見えてこないって事だ!
ライラ姫は、自分の中に違う自分がいる事に気が付いた。
だから、これからは色々な物の見方ができるはずさ!」
「ありがとう…」
「何言ってるの?俺は、下心があるから優しいんだぜ?」
 おどけて見せるのは照れている証拠だ。
「人間は…残酷な生き物だよ…同じ種族であっても、いがみ合い、殺し合う。
でも、俺は人間には間違いを正せる…やり直せる力があると信じてる…。
だから、前に進んでいくんだよ。振り返っても、進んで…」
「私も、そう思う!人間には、希望があるって信じてる」
 レウリィスは満足そうに笑った。
「ライラ姫、俺は君に会えて良かった。君は、今にイイ女になる。自信持て!」
「えっ?」
 その時、ライラは足を滑らせ、とっさに捉まえたレウリィスごと丘の斜面を転がった。
「きゃーっ!」
 少し下の平らになった所で止まる。レウリィスが上手く庇ったので、
 怪我はしていない。
「…ったく、目の離せないお姫様だ!でも…そこが魅力的だ…」
 押し倒された格好のライラは、ドキドキした。
「今、俺の前の君は、ただの女だ。君は、王女である前に一人の女なんだよ…。
何も抱えるな!我慢なんてしなくていい…逃げ出したいときは、逃げ出せばいい!
自分を偽ったらいつかきっと後悔する。迷うな!俺は肯定してやる…
君が間違っていると非難されても、俺だけは君を信じてやる!」
「…レウリィス。優しいね…?」
「…下心があるからね」
 レウリィスは、笑みを見せると、起き上がった。
 そして、ライラに手を差し出し、立たせる。
「このまま…攫ってやろうか?」
 二人の間を風が吹き抜ける。
「…そんな気、ないくせに…」
「…だな」
 二人は自然に笑った。
「ライラ姫…イイ物をあげましょう…」
 レウリィスは、少し離れた茂みに入っていった。
 そして、戻ってくると、ライラの髪に花を挿した。
「誕生日プレゼント。安上がりですけどね?」
 カイザーとの遣り取りを見られていた事にライラは恥ずかしくなった。
「ありがとう…」
「オーニソガラムっていうんだぜ、この花。昔、ばあやが教えてくれたんだ。
ライラ姫にピッタリだと思うぜ?」
「ふ〜ん…」
 ライラは珍しそうにレウリィスを見た。
「花言葉は自分で調べな。そろそろ、城に帰らないとな…」
 有無を言わさず連れ帰ろうとするレウリィスにライラは尋ねた。
「ホントにうちの騎士になる?」
 騎士として、自分に仕えて欲しいとライラは思った。
「う〜ん…それは、まだ答えられないな。ここは良い国だと思うし、
ライラ姫が、いずれ治めることを考えたら、悪くないんだけどね…。
他の国も回ってみて、落ち着く先がなければ、またここに戻ってくるよ…」
 何となく、その答えがわかっていた。わかっていて、ライラは訊いたのだ。
「さぁ、城まで送りましょう…」

 レウリィスは、本当に城の前までライラを送り届けると行ってしまった。
「彼があの"黒騎士"レウリィス=クラン…」
「有名人なのね。カイザーは知ってたの?」
「ええ、憧れますよ…あの強さ…剣さばき…」
 カイザーはいつもとは違う、少年のような目で話している。
 それが何故かおかしくて、ライラは笑う。
「さっきはごめんね…私、どうかしてた。気に、しないでね?」
「はい…あの、改めて…これを受け取ってもらえますか?」
 カイザーはライラが清々しい表情をしているのに安心して、
 昼間の髪飾りを差し出した。
「ありがとう…。リディアにも、明日早くに渡してあげて!」
「はい…」
 ライラはその足で書庫に向かった。花言葉を調べるのだ。
「――あった!オーニソガラム…花言葉…」
 ライラは真っ赤になった。

 その頃、レウリィスは街道を歩いていた。次はどこに行くか考えながら。
「…やっぱ、惜しい事したかな?」
 風は流れるままに、彼もまたその性分だった。
 その後も、各地を転々とするものの、再び戻ってきた時にライラはいなかった。
 そして、彼はまた旅に出るのである…。

                                  ‐END‐

この話はリュートの母親・ライラってあんまり好きじゃないなぁ…と思って、
というか、物分かりが良すぎてイヤだったんです。
それで、「ワンクッション置いてみよう!」と書き始めたものです。
レウリィスは僕の好きな男前…じゃなく、二枚目半キャラです。
二枚目だけど、チャラチャラしてたり馬鹿みたいだったりを演じてる人。
らん先生も絶賛(?)したキャラです。
名前だけ「悲しみに〜」に出てますね。そう、奴は出世したのだよ。
原作にもいつか登場するらしいっす。

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